2014年03月31日(月) 
個性豊かな地域の文化を大切にしながら、地域開発グループなど住民による自発的な活動によって人の絆を強化しつつ、地域全体の元気を創出しているスウェーデンの事例に接すると、「金太郎飴」と表現されるように、固有の地域文化が希薄化して画一的地域社会の集合体として同質社会が形成されている日本の現状に憂鬱になる。日本から支えあいの地域共同体が姿を消しつつあるのは、決して日本国民が個人的に自立しているからではない。逆に、人間は自立するがゆえに連帯する。日本では個人が自立していなかったゆえにコミュニティが崩され、政府によって永年の中央集権体制が築かれたのである。

米国の心理学者アブラハム・マズローが唱えた学説に「欲求段階説」がある。人間の欲求は,5段階のピラミッドのようになっていて,底辺から始まって,1段階目の欲求が満たされると,1段階上の欲求を志すというものである。欲求段階説における5段階とは、
 1.生理的欲求 生命維持のための食欲・性欲・睡眠欲等の本能的・根源的な欲求
 2.安全の欲求 衣類・住居など、安定・安全な状態を得ようとする欲求
 3.社会的欲求 集団に属したい、誰かに愛されたいといった欲求
 4.自我の欲求 集団から価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める欲求
 5.自己実現の欲求 能力・可能性を発揮し、自己の成長を図ろうとする欲求

欲求段階説は、人間性心理学や動機づけの理論を進展させたと評価されているが、個人的見解あるいはごく限られた事例に基づいた人生哲学に過ぎず、普遍的な科学根拠や実証性を欠いているのではないかという批判もある。しかし、集団の中での個人の行動を段階的に説明するには大変判りやすい理論である。

第二次世界大戦後の福祉政策の充実によって、先進国では飢餓的貧困問題がほぼ解決し「生理的欲求」や「安全の欲求」という低次の欲求は充足された。そして段階的により高次の欲求が芽生え「社会的欲求」「自我の欲求」「自己実現の欲求」を満たそうと動き出す。この過程では、欠乏欲求を十分に満たした経験のある者は、欠乏欲求に対してある程度耐性を持つようになる。そして、一部の宗教者や哲学者、慈善活動家などのように、成長欲求実現のため欠乏欲求が満たされずとも活動できるようになるという。

晩年にマズローは、「自己実現の欲求」のさらに高次に「自己超越の欲求」があるとした。そして、自己実現を果たした人の特徴として、客観的で正確な判断、自己受容と他者受容、純真で自然な自発性、創造性の発揮、民主的性格、文化に対する依存の低さ(文化の超越)、二元性の超越(利己的かつ利他的、理性的かつ本能的)などを挙げている。自己実現を果たした人は少なく、さらに自己超越に達する人は極めて少ない。

本来「真の自立」といわれるのは、この段階に達した人たちのことであり、スウェーデンの地域開発グループの仕組みは、自立した人材を育成する地域の装置と呼んでも差し支えないと言える。

閲覧数2,333 カテゴリ読み物 コメント4 投稿日時2014/03/31 06:58
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コメント(4)
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  • 2014/04/02 16:55
     こんにちは。いけまさなえです。「自己実現」の先にある「自己超越」興味深いです。スウェーデンの地域開発グループについてご教示賜れましたら幸いです。
    次項有
  • 2014/04/02 17:10
    > いけま さなえさん

    ご質問ありがとうございます。
    以前に書いた文章がありましたので発掘してきました。これで疑問にお応えできていますでしょうか?
    -------
     経済学者の神野直彦が、スウェーデンのストックホルムから 100 キロほど離れた小さな町を訪問した時のことである。ヨーロッパのどこにでもあるような小さな商店街に来ている町の住民は、「田舎だから物価が高い」とこぼしていた。ストックホルムはそう遠くないのだから、どうして買い物に出かけないのかと訊くと、住人たちは「そんなことをしたら地元の商店が潰れてしまう。商店街が消えて困るのは町の住民で、なかでも車に乗れない子供やお年寄りだ。だから少々高くても日用品は地元で買う」と語ったという。

     地域共同体(コミュニティ)は、人間が生を受けてから成長し、老いて死ぬまでのすべての機能がふくまれている生活空間である。この包括的な機能が満足できなくなると、地域共同体は崩れ始めて住民の流出が起こる。しかしここでは、代々受け継がれている地域共同体がしっかりと生きているから、多くの先進国が苦悩しているような町の空洞化は起こらない。

     日本の 1.2 倍の国土に約900 万人が住むスウェーデンでは、低所得者層、高齢者、障害者、失業者など、社会的弱者もあるレベル以上の生活をすることが保障しながら、経済的な発展をバランスよく実現されている。日本では、「高福祉高負担の北欧型社会の代表」のように語られることが多いが、単なる重税の下にお金を分配しているのでは国民は続かない。「社会科学の実験国家」としてモデルとして成功してきた大きな理由には、地域開発グループ(local development group)と呼ばれる、地域共同体の存在があった。

     19 世紀後半のスウェーデンでは、隣国デンマークから学んだ「フォルク・ローレッセ(folkrorelse)」という学習サークル運動が国内各地で起こった。当初は、広く国民生活に密着した社会交流の機会としての運動であったが、次第に、禁酒運動、自由教会運動、労働運動、成人教育運動、スポーツ運動、年金生活者団体や障害者団体による運動など、さまざまな具体的地域の課題が、メンバーシップの下で議論・実践されるようになった。そして、1990 年代の経済不況に伴いこれらの学習サークルが急増し、次第に全国・地方のグループが連携して構造化されて、現在の地域開発グループが生まれた。

     スウェーデンでは日本の市町村にあたる「コミューン」という行政単位があり、その数は約300。地域開発グループは自主的にグラスルーツ(草の根)で組織され、その数は約4000 以上に上る。地域開発グループは、生活単位ごとにコミューンの機能を補完するサブ・コミューンとしての位置づけにある。

     こうした地域開発グループの目的は、地域経済の再生だけでなく、人間の絆を強め、地域社会の民主主義を活性化することである。ヨーロッパの社会経済モデルでは、人の絆は社会を支える社会的インフラと位置づけられていて、人の絆を強めれば重化学工業を基軸とする産業構造から、情報産業や知識産業を基軸とした「知識社会(knowledge society)」への転換が促進され、経済の活性化も可能になると考えられている。スウェーデンでは地域住民の自発性と、政府の政策、企業の経済民主主義的経営を有機的に関連づけて産業構造を転換させており、その原動力は、地域社会の構成員によるグラスルーツの運動にあるのが大きな特徴である。

     個性豊かな地域の文化を大切にしながら、地域開発グループなど住民による自発的な活動によって人の絆を強化しつつ、地域全体の元気を創出しているスウェーデンの事例に接すると、「金太郎飴」と表現されるように、固有の地域文化が希薄化して画一的地域社会の集合体として同質社会が形成されている日本の現状に憂鬱になる。日本から支えあいの地域共同体が姿を消しつつあるのは、決して日本国民が個人的に自立しているからではない。逆に、人間は自立するがゆえに連帯する。日本では個人が自立していなかったゆえにコミュニティが崩され、政府によって永年の中央集権体制が築かれたのである。

    神野直彦,2002,『地域再生の経済学』,中公新書,p.88
    次項有
  • 2014/04/03 09:23
    > こたつねこさん

     おはようございます。いけまさなえです。ご回答ありがとうございます。貴重な資料もありがとうございます。「人の絆は社会を支えるインフラ」「人間は自立するがゆえに連帯する」とても響きました。単なるお節介じゃないです。大手を振って進みましょ!o(^^)o
    次項有
  • 2014/04/03 09:32
    > いけま さなえさん

    いいところに共感して頂き、とても嬉しいです♪
    むかしはお節介焼きさんがいてくれたから、地域社会がうまく動いていたんだと自信を持っていえます。
    みんなで「小さな親切大きなお世話」ではなく「小さなお節介おおきな幸せ」を実現しましょう!
    次項有
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